■コージー・パウエル(Cozy Powell)
コージー・パウエル(Cozy Powell)、本名コリン・フルークス(Colin Flooks)は、1998年4月5日(日)夜、イギリス・ブリストル近郊の高速道路M4で自動車事故に遭い、その夜にFrenchay Hospital(フレンチェイ病院)に搬送され到着時に死亡が確認されました。享年50歳でした。コージー(Cozy)は、Rainbow、MSG、Whitesnake、Black Sabbath、Brian May Bandなどで活動したドラマーです。マイケル・シェンカー・グループでは、1981年のアルバム『MSG』や『One Night at Budokan』などで演奏しています。事故報道では、翌4月6日付に イギリスの有力な新聞「The Independent」 は、“Rock drummer killed in car crash“(ロック・ドラマー、自動車事故で死亡」)として報道しています。記事には、事故が「Sunday night(4月5日夜)」に起き、警察は当初身元を公表していなかったものの、コージー(Cozy)のエージェント「 Roland Hymes 」が死亡を確認したとあります。さらに、マイケル・シェンカー・グループで活動していたことも明記されています。しかし、これを「第一報」とまでは断定できません。事故直後の報道では事故の状況の詳細はまだ分かっていませんでした。その後、1998年8月25日の検視審問で、事故の状況がかなり具体的に明らかになっています。「The Independent」の1998年8月26日報道によると、コージー(Cozy)は、悪天候の中でイギリスの主要な高速道路「M4 motorway」を黒のSaab 9000 Turboで走行していました。速度は104mph(約167km/h)、シートベルトをしていなかったそうです。また、飲酒運転の基準値をわずかに超えていたとあります。そして、後輪タイヤがパンク、車がスピンして中央分離帯に衝突し、車は屋根を下にして停止。コージー(Cozy)は車外に放り出され、最終的に病院で死亡という状況でした。また、事故直前、恋人と電話をしていたそうです。コージー(Cozy)は事故当時、恋人のシャラン・リーブ(Sharan Reeve)と携帯電話で話していました。彼女は事故の直前、コージー(Cozy)から、「ギアが5速に入りにくい」「かなりスピードが出ている」という話を聞いていました。そしてコージー(Cozy)が、“I’m driving at nearly 104mph…“(時速104マイル近くで走っているんだ……)という趣旨の発言をした後、「“Oh shit”」と言い、その直後に大きな音が聞こえ、電話が切れました。彼女は何度も電話をかけ直しましたが応答がなく、警察に連絡しました。また、事故直前のコージー(Cozy)と恋人シャラン(Sharan)との電話で、後年の資料では、シャランが「今どこにいるの?」と尋ねると、コージーは「向かっている」と答え、その直後に「Oh shit!」と言い、大きな衝撃音が聞こえたとされています。一方、1998年8月の「The Independent」による検視審問報道では、「Where are you?(今どこにいるの?)」という具体的なやり取りは掲載されていません。そして、コージー(Cozy)は1998年、イングベイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)のツアーに参加する予定でした。ところが3月ごろ、オートバイの軽い事故で足を負傷しました。当時の情報によると、靭帯を痛めていたそうです。一旦、イングヴェイ側とリハーサルを行ったものの、1日6時間の演奏によって足の状態が悪化し、結局、アメリカのウォームアップ公演と日本公演から離脱しました。そして、事故からわずか約2週間後の4月5日に自動車事故で亡くなっています。1998年4月6日付の「The Independent」によると、コージーは直前まで、イングベイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)関連プロジェクトやピーター・グリーン(Peter Gree)のスプリンター・グループ(Splinter Group)、その他の録音活動などに関わっていました。マイケル本人のコメントが残っています。「ヤングギター」1998年8月号ではインタビューで「コージー・パウエル(Cozy Powell)が亡くなったことに関して何かコメントはありますか?」に対して「この先、どれだけの人を見送らなくてはいけないんだろうと思うよ。でも、それで自分の心を乱されたくはないんだ。自分では認めたくても、衝撃はある。知らせを聞いた時にはショックを感じなくても、後になって影響があるんだ。でも、何も言えないよ。こういうことは誰にでも起こるし、次は僕かもしれない。残念だけど、どうしようもないんだ。ダイアナ妃にも起こったし、大勢の偉大な人たちにも起こった…。とにかく、僕たち全員にいつかは訪れることだよ。」とコメントしています。また、後年の1999年のイギリスのロック音楽専門雑誌「Classic Rock」の取材で、コージー(Cozy)とマイケルの関係についてマイケル本人が話しています。マイケルは、「彼とは人間的な関係はなかった。音楽についての関係だった。」という趣旨のことを話しています。そしてコージー(Cozy)について、“Cozy was a powerful drummer.”( コージーはパワフルなドラマーだった)と評価しています。
【出典】
・ウェブサイトThe Independent — 1998年4月7日 「Rock drummer killed in car crash」
https://www.independent.co.uk/news/rock-drummer-killed-in-car-crash-1154960.html?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトThe Independent — 1998年4月7日 「Obituary: Cozy Powell」
https://www.the-independent.com/news/obituaries/obituary-cozy-powell-1155153.html?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトThe Independent — 1998年8月25日 「Cozy Powell died in the fast lane」
https://www.the-independent.com/news/cozy-powell-died-in-the-fast-lane-1174102.html?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトDaily Mirror — 1998年8月26日 「LAST CALL OF COZY」
https://www.thefreelibrary.com/LAST%2BCALL%2BOF%2BCOZY.-a060665889?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトLouder / Classic Rock — Cozy Powell特集
https://www.loudersound.com/features/cozy-powell-drummer-rainbow-whitesnake-black-sabbath?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトPeter Green Splinter Group
https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Green_Splinter_Group?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトPeter Green Splinter Group — 1997年アルバム
https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Green_Splinter_Group_(album)?utm_source=chatgpt.com
・「ヤング・ギター」1998年6月号 株式会社シンコーミュージック 株式会社ワイ・ジー・ファクトリー 1998年6月1日発行 P.67~71
・「ヤング・ギター」1998年8月号 株式会社シンコーミュージック 株式会社ワイ・ジー・ファクトリー 1998年8月1日発行 P.4~13
■テッド・マッケンナ(Ted McKenna)
2019年1月19日テッド・マッケンナが亡くなったと訃報が入ってきました。68歳でした。ヘルニアの手術中に大量出血を起こし、止血できず亡くなったというのが、複数の関係者によって伝えられている内容です。テッド・マッケンナの訃報の最初の情報源は、一般のニュース媒体ではなく、関係者・友人によるFacebook投稿だったと考えるのが最も正確です。その後、Michael Schenker本人のFacebook投稿などが続き、それを音楽ニュース媒体が記事化しています。Blabbermouthの記事も「友人がFacebookで訃報を確認した」と明記しています。2019年1月19日、友人がFacebookで、予定された手術中に出血を起こした。大規模な手術チームが10時間にわたって救命を試みたという内容を発表しました。さらに元MSGのベーシスト、クリス・グレン(Chris Glen)は、当時、「ヘルニアの手術の合併症」による突然の死だったと伝えています。後年の2024年、ロリー・ギャラガー時代からの盟友ジェリー・マカヴォイ(Gerry McAvoy)も通常のヘルニア手術だったが、うまくいかなかったという趣旨で改めて証言しています。整理すると「重い病気を患っていて、それが原因で亡くなった」のではなく、予定されていたヘルニア手術中の予期せぬ大量出血が直接の死因というのが適切だと考えられます。そして、亡くなる直前まで現役でした。2018年には、Michael Schenker Festの『Resurrection』に参加し、2019年1月10日、マイケル・シェンカー本人が、次のMichael Schenker Festアルバムをテッド・マッケンナ、クリス・グレンらと制作中と公式サイトで発表しています。この時点では、テッドは新作の正式メンバーとして予定されていました。つまり、1月10日に新作制作中と公式発表して1月19日に手術中の大量出血で急逝です。わずか9日後です。テッドは2019年1月19日に亡くなりましたが、その時点では、次のアルバム『Revelation』でドラムを叩く予定でした。Michael Schenker自身が後のインタビューで、テッドは亡くなる約1か月後にドラムをレコーディングする予定だったと説明しています。そのため急遽、Simon Phillips、Bodo Schopfの2人が代役として参加しました。最終的に『Revelation』では、Simon Phillips が 10曲、Bodo Schopfが3曲を担当しています。訃報当日、Michael Schenker自身もコメントしています。「突然のことで大きなショックだった」という趣旨で、テッドを「amazing drummer and dearest friend」(素晴らしいドラマーであり、最も大切な友人)と表現しています。また、「one of the most sincerely genuine people」(心から誠実で、偽りのない人の一人)という非常に親しい人物として追悼しています。さらに後のインタビューでは、テッドの死について、「tough to come to terms with it」(その事実を受け入れるのは、とてもつらかった)と語っています。テッドは亡くなるまでかなり精力的に活動していました。特に、Michael Schenker Fest、Band of Friendsの両方で活動していました。そして、最後のステージです。確認できる資料では、テッドの最後のステージは、Cozy Powell Memorial Concertだったとされています。Cozy Powell Memorial Concert は、2018年12月29日に開催されています。会場はRobin 2(英国・ビルストン/ウェスト・ミッドランズ)でコージー・パウエルの71回目の誕生日に合わせた追悼コンサートでした。テッド・マッケンナも出演し、Chris Glen(元MSG/SAHB)と共演しました。つまり、2019年1月に亡くなる直前まで演奏活動を続けていたことになります。
【出典】
・関係者・友人のFacebook投稿 「19.01.2019」
https://blabbermouth.net/news/drummer-ted-mckenna-who-has-played-with-rory-gallagher-and-michael-schenker-dead-at-68/?utm_source=chatgpt.com
・テッドの友人によるFacebook投稿 「19.01.2019」
「Ted died this morning from a haemorrhage during elective surgery
https://blabbermouth.net/news/drummer-ted-mckenna-who-has-played-with-rory-gallagher-and-michael-schenker-dead-at-68/?utm_source=chatgpt.com
・Michael Schenker公式サイト Michael Schenker Himself
「Ted McKenna passed away this morning」「19.01.2019」
https://michaelschenkerhimself.com/news/ted-mckenna-passed-away-this-morning/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth BLABBERMOUTH.NET
「Drummer TED MCKENNA, Who Has Played With RORY GALLAGHER And MICHAEL SCHENKER, Dead At 68」「19.01.2019」
https://blabbermouth.net/news/drummer-ted-mckenna-who-has-played-with-rory-gallagher-and-michael-schenker-dead-at-68/?utm_source=chatgpt.com
・友人のFacebook投稿だけでなく、Michael Schenker、Graham Bonnet、Fish、Chris Glen、John Coghlan、Neil Murray、Official SAHB News、Tony Martinなど、当日に寄せられた複数の関係者の投稿
https://blabbermouth.net/news/drummer-ted-mckenna-who-has-played-with-rory-gallagher-and-michael-schenker-dead-at-68/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトClassic Rock / Louder Louder(Classic Rock)
「Ted McKenna, drummer with Rory Gallagher, SAHB, Michael Schenker, dead at 68」
https://www.loudersound.com/news/ted-mckenna-drummer-with-rory-gallagher-sahb-michael-schenker-dead-at-68?utm_source=chatgpt.com
■ポール・レイモンド(Paul Raymond)
2019年4月13日(土)ポール・レイモンドは亡くなりました。73歳でした。「持病が悪化して亡くなった」というより、直前まで普通にツアーをこなし、その8日後に重い心臓発作で突然亡くなった、という経過がかなりはっきりしています。4月5日に最後のUFO公演を終えて、4月10日(亡くなる3日前)にはドイツで元気な姿が確認されていました。第一報の元になったのはニュースメディアではなく、ポール・レイモンド本人のFacebookページに、パートナーのSandraが投稿した訃報でした。Sandra(ポール・レイモンドの長年のパートナーとされるサンドラ)がPaul RaymondのFacebookページに「Paul Raymond has passed away today」(ポール・レイモンドが本日、亡くなりました。)と投稿しました。医師が蘇生を試み、一度は成功したが、その後、状態が悪化し心臓発作で亡くなったそうです。今年の残りのツアーを楽しみにしていた、と記しています。そして、UFO公式Facebookが同日、このSandraの投稿を共有しUFO側は「Today we are too shell-shocked to write anything other than to share Sandra’s post…」(今日、私たちはあまりにも大きな衝撃を受けていて、サンドラの投稿を共有する以外に、何も書くことができません……。)という形で、Sandraの発表をそのまま共有しています。その後、音楽メディアが報道しました。マイケルの訃報直後のコメントがマイケルの公式サイトに、2019年4月12日付で掲載されています。「信じられない。ポール・レイモンドは素晴らしいミュージシャンで、ロックンロールを愛していた。彼の愛する人たちに哀悼の意を表します。安らかに眠ってください、友よ。」さらに4月30日のインタビューで、ポール・レイモンドの死について詳しく話しています。マイケルは、ポールとは近年あまり会っていなかったようでポールはドイツに住んでいたことを知っていたそうです。そして、2019年1月19日にテッド・マッケンナを亡くしたばかりだった。4月13日の朝、ポール・レイモンドが亡くなったというメッセージを受け取ったと話しています。さらに別のインタビューでは、ポールについてかなり印象的なことを語っています。「彼は73歳だったが、そんな年齢には全然見えなかった」そして、「彼は自分が亡くなるとは、最後まで思っていなかっただろう。突然だった」という趣旨で語っています。マイケルは特に、「彼は最後に会ったときもとても若く見えた。自分が死ぬとは思っていなかった人だった」という点を強調しています。
【出典】
・Paul Raymond 公式サイト Paul Raymond – Official Website「Paul 13.04.2019」
https://www.paulraymondmusic.com/paul-13-04-2019/?utm_source=chatgpt.com
・Paul Raymond 公式Facebookページ Paul Raymond Project / Paul Raymond Facebook
(Sandraによる2019年4月13日の訃報投稿)
https://www.facebook.com/paulraymondproject?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトUltimate Classic Rock Dave Lifton, “Paul Raymond, UFO Keyboardist and Guitarist, Dies”
https://ultimateclassicrock.com/paul-raymond-ufo-dies/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth “UFO Keyboardist/Guitarist PAUL RAYMOND Dead At 73” 「13.04.2019」
https://blabbermouth.net/news/ufo-keyboardist-guitarist-paul-raymond-dead-at-73?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトNME Will Lavin, “Paul Raymond, guitarist and keyboard player for UFO, has died”「13.04.2019」
https://www.nme.com/news/music/paul-raymond-guitarist-and-keyboard-player-for-ufo-has-died-2476381?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトLouder / Classic Rock Fraser Lewry, “UFO guitarist and keyboard player Paul Raymond dead at 73” 「13.04.2019」
https://www.loudersound.com/news/ufo-guitarist-and-keyboard-player-paul-raymond-dead-at-73?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトKerrang! “UFO Guitarist And Keyboardist Paul Raymond Dead At 73”「14.04.2019」
https://www.kerrang.com/ufo-guitarist-keyboardist-paul-raymond-dead-at-73?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth ― マイケルの4月30日インタビュー“MICHAEL SCHENKER On PAUL RAYMOND’s Passing: ‘You Don’t Really Know Who Is Next’”「30.04.2019」
https://blabbermouth.net/news/michael-schenker-on-paul-raymonds-passing-you-dont-really-know-who-is-next?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトTalking Metal Podcast TM 809 – Michael Schenker & Alexandra Zerner「30.04.2019」
https://music.amazon.co.jp/podcasts/5ca09337-1ff1-46a0-8051-494c5c94afee/episodes/436d17f5-f661-4874-b75c-baba7615ece1/talking-metal-tm-809-michael-schenker-alexandra-zerner?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトDecibel Magazine ― マイケルのインタビュー“In Search of Peace of Mind: Michael Schenker Shreds Full Circle”「13.05.2019」
https://www.decibelmagazine.com/2019/05/13/in-search-of-peace-of-mind-michael-schenker-shreds-full-circle/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトPaul Raymond公式サイト ― 2019年のツアー記録
https://www.paulraymondmusic.com/biography/?utm_source=chatgpt.com
■ボブ・キューリック(Bob Kulick)
2020年5月28日にボブ・キューリック(Bob Kulick)の訃報が入ってきました。本名、ロバート・ジョエル・キューリック(Robert Joel Kulick)1950年1月16日生まれで享年70歳でした。ラスベガスの自宅で亡くなったとされています。出身はニューヨーク州ブルックリンでギタリスト、プロデューサーをしておりKISS、Paul Stanley、Meat Loaf、W.A.S.P.、Lou Reed、Diana Rossなどと仕事していました。ちなみに弟は、元KISSギタリストのブルース・キューリック(Bruce Kulick)です。訃報の第一報は2020年5月29日、ブルース・キューリック(Bruce Kulick)が自身のSNSで発表しました。内容は、“I am heartbroken to have to share the news of the passing of my brother Bob Kulick.”( 兄のボブ・キューリックが亡くなったという知らせを、悲痛な思いでお伝えしなければならないことに胸が張り裂けそうです。)というもので、ボブの死去を家族として最初に公表したものです。その後、音楽メディアが一斉に報じています。そのSNS投稿を受けて、主にヘヴィメタル/ハードロックを専門に扱う海外の音楽ニュースサイト「Blabbermouth」が2020年5月29日に「Veteran Session Guitarist And Producer BOB KULICK Dead At 70」(ベテラン・セッション・ギタリスト兼プロデューサー、ボブ・キューリックが70歳で死去)として報道しています。さらにイギリスを拠点とするヘヴィメタル/ハードロック専門の音楽ニュース・メディア「MetalTalk」も5月29日付で、ブルース(Bruce)がFacebookで発表したことを明記しています。2020年5月29日の訃報時点では、「死因は明らかにされていない」という状態でした。その後、約4か月後の2020年10月2日、ブルース・キューリック(Bruce Kulick)が死因について説明しました。ラスベガス郡の検視官から情報を得たとして、自然死で、心臓病が原因だったと説明しています。ブルース(Bruce)は死因を公表した際、次のようなことも明らかにしています。ボブ(Bob)は亡くなる前に、胸の痛み、心臓の動悸について医師に相談していました。しかし、ブルース(Bruce)自身は、そのことを当時知らなかったそうです。そして医療記録を後から確認したことで、それを知ったと説明しています。さらにブルース(Bruce)は、ボブは治療を受ける予定だったと思うが、パンデミックによってそれが妨げられた可能性があるという趣旨の説明もしています。しかし、「COVID-19のパンデミックによって治療が遅れ、それが死因になった」と確定したわけではありません。これはあくまでブルース(Bruce)による推測だと考えられます。家族にとっては非常に突然だったようです。ブルース(Bruce)自身が、“For me this was a shock, as it was so sudden.”( 私にとっては、とてもショックでした。あまりにも突然のことだったからです。)と述べています。胸痛・動悸という心臓関連の症状が存在していたが、それをブルース(Bruce)は把握しておらず、死亡は家族にとって突然だったという構図になります。ボブ(Bob)は2017年にはブルース(Bruce)と一緒にKISSがファンを乗せた大型客船で行う、船上イベント「KISS Kruise VII」に出演しています。さらに2019年11月には、ロックの名曲を、歴代の有名ロック・ミュージシャンたちが演奏するライブ・ショー「Raiding the Rock Vault」でザ・ファーム、ブルー・マーダー(The Firm, Blue Murder)で知られるベーシスト、トニー・フランクリン(Tony Franklin)と一緒に写った写真について、トニー・フランクリン(Tony Franklin)が「2019年11月に一緒にいた」と追悼コメントで紹介しています。70歳まで音楽活動を続けており、死亡前年にも活動していたということになります。マイケル・シェンカーとの関係ではボブ・キューリック(Bob Kulick)は単なる「マイケルと一緒に演奏した人」ではありません。2004~2005年、ボブ・キューリックがプロデュースした『Heavy Hitters』に、マイケル・シェンカーがリード・ギターで参加しました。マイケル本人の公式サイトにも、ボブ・キューリック(Bob Kulick)に招かれて、全曲のリードギターを担当したという趣旨を述べています。2005年のマイケル自身のコメントから、かなり良い関係だったことが分かります。マイケルはこのプロジェクトについて、“It was a great session.”(素晴らしいセッションでした。)と述べています。また、ボブから完成CDを送ってもらった際に「quite shocked」(かなり驚いた)とも書いています。つまり、少なくとも2004~2005年の共同制作時点では、ボブ・キューリック(Bob Kulick)はマイケルをプロジェクトに招き、プロデューサーとしてマイケルのギターを中心に作品を作った人物と位置づけられます。マイケルのボブの死についてのコメントは本人による、ボブ・キューリック(Bob Kulick)死去に対する確認できる追悼コメントは見つけられませんでした。
【出典】
・Michael Schenker Himself(公式サイト)
https://michaelschenkerhimself.com/discography-list/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth.net
https://blabbermouth.net/news/michael-schenker-a-big-surprise-is-coming-up-in-the-near-future?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトGuitar World
https://www.guitarworld.com/features/michael-schenker-brick-brick?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトAllMusic
https://www.guitarworld.com/features/michael-schenker-brick-brick?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトR.B. Araki – Michael Schenker Tour Information and News
https://rbaraki.com/notice2005l-e.htm?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth.net – Cause of Death
https://blabbermouth.net/news/bob-kulicks-cause-of-death-revealed?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBARKS
https://barks.jp/news/872041/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトAlternative Press
https://shop.altpress.com/blogs/news/bob-kulick-passes-away-at-70-kiss-meat-loaf-spongebob?utm_source=chatgpt.com
■ポール・チャップマン(Paul William Chapman)
元UFOのギタリスト、ポール・チャップマンが、2020年6月9日に亡くなったことが明かされました。66歳になったその日だったそうです。チャップマンの息子は、Facebookを通じ訃報を次のように伝えました。「沈痛な思いでこれを書いています。今日は父の66回目の誕生日です。彼は午後、息を引き取りました。彼は素晴らしく、エネルギッシュで愛情に溢れ、最高に気楽な人でした。僕が最初に愛した人です。彼に出会った誰もが彼を愛しました。いえ、熱愛していました」と綴っていました。ポール。チャップマンは1954年6月9日生まれで誕生日に亡くなっています。英国カーディフ出身のチャップマンは、70年代初め、ゲイリー・ムーアに代わりアイルランドのバンド、スキッド・ロウに加入しました。その後1974年にセカンド・ギタリストとしてUFOに加わりました。このときは、マイケル・シェンカーとの折り合いが悪く、わずか数ヶ月で脱退しました。しかし、マイケルが去った1978年に再度加入し、バンドが解散する1983年までに『No Place To Run』(1980年)をはじめ、『The Wild, The Willing And The Innocent』(1981年)、『Mechanix』(1982年)、『Making Contact』(1983年)と4枚のスタジオ・アルバムを制作しました。そして、UFO脱退後は、DOA、Ghostなどのバンドを結成したり、UFOの元バンド・メイト、ピート・ウェイ(B)のWaystedに合流。そして、ソロでも活動していました。亡くなる当時の主要な音楽メディアの訃報では、死因は公表されていませんでした。しかし、後の追悼記事では、家族関係者の情報として死因は心停止(cardiac arrest)と伝えられています。亡くなる前の健康状態は「V13 Media」の記事によると、ポールは2019年に脳卒中を発症しその結果、左腕の使用に大きな障害が残り、リハビリテーションを続けていました。その後、かなり回復し再びギターを弾けるまでになったとされています。つまり、亡くなる約1年前には、すでにかなり大きな健康上の問題を抱えていたことになります。しかも、記事では、リハビリを経て再びギターを弾くことができるようになり、亡くなる直前まで音楽活動への意欲を持っていたとされています。さらに2018年には妻Debbyを亡くしています。ポールの妻 Debby は2018年12月に亡くなっていました。遺族による追悼文でも、Debbyの死後、ポールは厳しい時期を経験しながらも、ギター教師を続け、亡くなる直前まで将来の音楽活動を計画していたと記されています。つまり、「長期間寝たきりで、そのまま亡くなった」というような状況を示す資料ではありません。むしろ、脳卒中からリハビリを続け、かなり回復していたところで、突然亡くなったという印象に近いです。通夜・葬儀・追悼式については一般的な意味での「通夜・葬儀」というより、Celebration of Life(人生を祝う追悼式)が行われています。そして実際に9月6日に開催されています。「V13 Media」の現地レポートによれば、家族、友人、ファン、UFO関係者、Waysted関係者、地元ミュージシャンなどが集まり、6時間に及ぶ屋外の追悼コンサートになりました。参加者は1,000人以上と推定されています。さらに、UFO、Waysted、Motörhead、Def Leppardなどからの追悼メッセージも大型スクリーンで紹介されたそうです。
【出典】
・ウェブサイトLouder / Classic Rock
June 10, 2020:Former UFO guitarist Paul Chapman dead at 66
https://www.loudersound.com/news/former-ufo-guitarist-paul-chapman-dead-at-66?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBest Classic Bands
June 9, 2020: UFO Guitarist Paul Chapman Dies on 66th Birthday
https://bestclassicbands.com/paul-chapman-ufo-guitarist-obituary-6-9-20/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトV13 Media
June 15, 2020:Paul Chapman: Golden-Hearted Guitar Great – A “Tonka” Tough Tribute
https://v13.net/2020/06/paul-chapman-golden-hearted-guitar-great-a-tonka-tough-tribute/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトTribute Archive
Paul William Chapman Obituary | 1954–2020
https://www.tributearchive.com/obituaries/15102688/paul-william-chapman?utm_source=chatgpt.com
■マーティン・バーチ(Martin Birch)
1948年12月27日、イングランド・サリー州ウォーキング生まれ。2020年8月9日にプロデューサー・エンジニアのマーティン・バーチ71歳で亡くなったことが報じられました。マーティン・バーチは、最初は「プロデューサー」ではなく録音エンジニアでした。1960年代後半からエンジニアとして活動を始め、ジェフ・ベック、フリートウッド・マック、ディープ・パープルなどの録音に携わりました。フリートウッド・マックでは1969~73年の5作品に関わっています。また、1973年のフリートウッド・マック『Mystery to Me』では、アコースティック・ギターも演奏してクレジットされています。そして、ディープ・パープルでは11枚のアルバムにプロデュース/エンジニアとして関わっています。さらに、アイアン・メイデンとの関係が非常に深かったそうです。1981年の『Killers』から1992年の『Fear of the Dark』まで、アイアン・メイデンの作品を継続して手掛けましいました。アイアン・メイデン(Iron Maiden)のボーカリストのブルース・ディッキンソンはバーチについて、単に音を作るプロデューサーではなく、バンドそのものを映し出すような人物だったという趣旨のコメントを残しています。また、アイアン・メイデンのギタリストのエイドリアン・スミスは、バーチと自分が武道に共通の興味を持っていたことにも触れています。バーチは空手を好んでいたそうです。また、ブルース・ディッキンソンは、「バンドを操るのではなく、そのバンドの音をそのまま最良の形で反映させる」というバーチの仕事ぶりを評価しています。そして、1992年、アイアン・メイデン『Fear of the Dark』を最後に音楽業界から引退。その後は公の場にほとんど姿を見せることなく、2020年8月9日、71歳で死去。死因は公表されていません。マイケル・シェンカー関連でいうと、バーチがプロデュースしたのは MSGの『Assault Attack』(1982年)です。マイケル自身も、バーチとフランスでこのアルバムを録音したことを後年語っています。マーティン・バーチは基本的にインタビューを受けなかったため、私生活については何も知られていません。マイケル本人の追悼コメントは確認できません。しかし、マイケルとバーチが直接組んだ『Assault Attack』については、マイケル自身が後年振り返っています。
【出典】
・Iron Maiden公式サイト 「R.I.P MARTIN BIRCH (1948–2020)」2020年8月10日掲載。
https://www.ironmaiden.com/r-i-p-martin-birch-1948-2020
・ウェブサイトThe Guardian(英国)
「Martin Birch, producer for Iron Maiden, Black Sabbath and more, dies aged 71」2020年8月10日掲載。
https://www.theguardian.com/music/2020/aug/10/martin-birch-producer-for-iron-maiden-black-sabbath-and-more-dies-aged-71
・ウェブサイトMixonline(米国・音楽制作専門誌)
「Hard Rock Producer/Engineer Martin Birch, Dead at 71」
https://www.mixonline.com/recording/classic-rock-producer-engineer-martin-birch-dead-at-71
■ピート・ウェイ(Pete Way)
2020年8月14日ピート・ウェイのFacebookを通して「UFOのオリジナル・ベーシスト、ピート・ウェイが、8月14日69歳で亡くなった。」と報じられました。2ヶ月前、事故で生死に関わる怪我を負っていたという。「アイコニックなベース・プレイヤーで、UFO、Waysted、最近ではザ・ピート・ウェイ・バンドの創設者だったピート・ウェイが亡くなりました。彼は2ヶ月前事故で生命を脅かす怪我を負い、彼の妻ジェニーが寄り添っていた」と訃報が伝えられました。UFOは「この知らせは、僕らの誰も聞きたくなかった R.I.P.ピート」と追悼の言葉を上げています。また、マイケル・シェンカーは「ああ、親愛なるピート。君が僕らの元を去った。僕はとても悲しい。君の愛しい存在がなくなった。僕は涙している。君は、君が多分考えていた以上の存在だった。君は僕が知る誰からも愛されていた。僕はとてもとても、もの凄く悲しいよ。ピート、愛してる。神のご加護を永遠に。親愛なる友よ、安らかに。君が愛した人たちにお悔やみを。心の底から。追伸 羽ばたけ、そして天国で楽しめ」と哀悼の意を表しています。ピート・ウェイの晩年の健康状態はあまり良くありませんでした。2013年に前立腺がんが発見され、放射線治療を受けていたそうです。2014年のインタビューでは、治療のため約9か月を費やしたと本人が語っています。また、2016年には本人が、「11個の腫瘍があり、放射線治療は強烈だった」と話しており、まだ完全には回復していないとも述べています。そして2016年8月には心臓発作を起こしました。しかも単なる軽い発作という話ではありません。帰国後に息苦しさ、発汗などの症状が出て、妻のジェニーが救急車をよんだそうです。病院で心筋梗塞と肺の血栓(肺塞栓)が確認され、血液を固まりにくくする薬で血栓を除去したそうです。本人によれば、医師から「あと一日遅ければ危なかった」という趣旨の説明を受けています。この時点ですでに、妻ジェニーがピートの健康管理をかなり支えていたことも重要です。ピート本人も退院時、「my wife Jenny who has been my rock」(私の妻ジェニーは、ずっと私の支えになってくれた。)と、ジェニーを「自分の支え」と表現しています。2019年のインタビューでは、ピート自身が、前立腺がん、3回の軽い心臓発作があったと話しています。それでも「またツアーに出たい」と話し、実際にライブ活動を再開していました。一方、晩年には視力の問題と関節炎もあったそうで、それがベースを弾くことを難しくしていたそうです。ドラマーのClive Edwardsは、視力と関節炎が原因でベース演奏を続けられなくなったと説明しています。そして2020年8月14日、ピートは69歳で亡くなりました。当初の公式発表は、「約2か月前の事故で生命を脅かす重傷を負い、その傷と闘ってきたが、最終的に亡くなった」というものでした。そして、「His wife, Jenny, was at his side.」(妻ジェニーがそばにいた)と発表されています。その後、ジェニーが事故の詳細を明らかにしました。ピートは2020年6月ごろ、イギリス・ボーンマスの自宅で階段から転落し、病院に搬送された後、治療のため昏睡状態にされました。ジェニーによれば、最初の夜には医師から、「助からないだろう」と告げられたそうです。しかし、ピートはそこから一度意識を取り戻しまたそうです。しかし、目を覚ましたときには、ジェニーが誰なのか、さらには大好きだったイングランドのサッカークラブ「Aston Villa」が何なのかも分からない状態だったとジェニーは後に語っています。これは脳・認知機能への影響を伴う重傷だった可能性を示す話ですが、報道では具体的な脳損傷の診断名までは公表されていませんでした。そして、ジェニー自身が2020年8月14日に発表した追悼文によれば、事故から約8週間、ピートは入院生活を続けていました。何度も医師から「最悪の事態に備えるように」と言われたものの、ピートは生きることを諦めませんでした。ところがその朝、医師からジェニーに連絡が入り、「すぐ来るように」と言われたそうです。ジェニーは病院へ急ぎ、到着したとき、ちょうどピートが亡くなるところだったと述べています。そして、「His passing was gentle and peaceful」(彼の最期は穏やかで安らかなものだった)としています。これまででわかるように、ジェニーは単に「亡くなるときにそばにいた妻」ではありません。2016年の心臓発作のときも、ピートが「病院に行きたくない」としていたところをジェニーが強く促して救急車を呼んでいます。そして2020年の事故では約2か月にわたる闘病を支え、最期にも駆けつけています。だから、ピートの晩年を調べると、ジェニーがかなり重要な存在だったことが資料からはっきり見えてきます。なお、前妻Joanna(ジョアンナ)については、2000年に亡くなっており2010年代にはすでにJenny(ジェニー)が「妻」としてピートを支えていたことも確認できます。
【出典】
・ウェブサイトLouder / Classic Rock “Pete Way: the life and times of the ultimate badass bassist”
https://www.loudersound.com/features/pete-way-the-life-and-times-of-the-ultimate-badass-bassist
・ウェブサイトAntihero Magazine “Interview with legendary bassist Pete Way”
https://www.antiheromagazine.com/interview-with-legendary-bassist-pete-way
・ウェブサイトDarren’s Music Blog “Interview with Pete Way”
https://darrensmusicblog.com/2019/10/05/interview-with-pete-way-ahead-of-his-uk-tour-darren-talks-to-the-former-ufo-bass-supremo
・ウェブサイトMetalliville Zine “Interview: Pete Way of The Pete Way Band”
https://www.metallivillezine.com/pete-way-of-the-pete-way-band
・ウェブサイトLouder “The quiet life and sober times of Peter Frederick Way”
https://www.loudersound.com/features/the-quiet-life-and-sober-times-of-peter-frederick-way
・ウェブサイトAncientFaces “Pete Way (1951–2020)”
https://www.ancientfaces.com/person/pete-way-birth-1951-death-2020/192778466 ※補助資料
■レスリー・ウェスト(Leslie Weinstein)
レスリー・ウェスト(Leslie Weinstein)が亡くなったと訃報が入りました。「死亡日」は資料にズレがあり2020年12月22日または23日です。享年75歳でした。Los Angeles Times、Rolling Stone、CBSなどの当時の報道は「12月23日に死亡」としています。一方、Vintage GuitarやThe Guardianなどは12月22日としています。さらに、当時の第一報の流れを見ると、12月21日(月)に自宅で心停止を起こし、病院へ搬送・人工呼吸器につながれたものの意識は戻らず、その後死亡。12月23日(水)に死亡が公表という流れが非常に明確です。Rolling Stoneは「Wednesday morning(23日朝)」に死亡したと報じています。亡くなる直前に何が起きていたのか、かなり具体的に分かっています。12月21日(月)レスリーは自宅で心停止を起こしました。その後、フロリダ州パームコーストの病院へ緊急搬送されます。病院では人工呼吸器につながれましたが、意識は戻りませんでした。そして、兄のラリー・ウェスト・ワインスタイン(Larry West Weinstein)がFacebookで状況を公表しました。当時の記事によると、兄は、「心臓が止まった」「人工呼吸器につながれている」「状況は非常に厳しい」「妻Jenniがそばにいる」という内容を発信していました。つまり、亡くなる2日前からすでに「危篤状態」が公になっていたわけです。「死亡」の第一報が確認できる当時の記事では、Dean Guitarsが最初に死亡を公表した、とされています。Dean Guitarsはレスリー・ウェストのエンドースメント先でした。2020年12月23日、Dean GuitarsがSNSで、レスリー・ウェスト(Leslie Weinstein)の死去を悼むという声明を投稿しました。SPINは明確に、「West’s guitar company, Dean Guitars, was first to confirm the news of West’s death」(ウェストのギター・メーカーであるディーン・ギターズが、ウェストの死去を最初に確認した。)と報じています。GuitarPlayerも、「The news was confirmed by Dean Guitars」(その訃報は、Dean Guitarsによって確認された。)としています。さらにYahooも、「The sad news was first shared by Dean Guitars」(その悲しい知らせは、Dean Guitarsによって最初に伝えられた。)としています。したがって、死亡の第一報媒体はDean Guitarsの公式SNS投稿と整理するのがかなり妥当だと考えられます。ただし「危篤」の第一報は兄ラリー(Larry)でレスリーの状態悪化については、兄ラリー・ウェスト・ワインスタイン(Larry West Weinstein)のFacebook投稿が先でした。報道には、死因についてcardiac arrest(心停止)、heart failure(心不全)、heart attack(心臓発作/心筋梗塞を意味する場合もある)という表現が混在しています。Los Angeles Timesは、広報担当者から確認した死因をcardiac arrest(心停止)としています。Rolling Stoneは、自宅でcardiac arrest(心停止)を起こしたとしていますが、死亡原因については当初「死因については、当初は確認できなかった」としていました。その後、兄ラリー(Larry)が死因について説明しています。Yahooの記事では最終的な死因について、heart failure(心不全)としています。本サイトでは「心停止(cardiac arrest)により死去」とします。レスリー・ウェスト(Leslie Weinstein)は以前から健康状態はかなり悪かったようです。1980年代半ばに糖尿病と診断され、その後、糖尿病による合併症が深刻化しました。2011年、糖尿病の合併症によって、右下腿を切断しています。Los Angeles Timesは、「糖尿病による合併症によって脚を切断したと報じています。」Guardianも、1980年代半ばに糖尿病と診断され2011年に糖尿病合併症で右下腿を切断」としています。しかもこれは単純な手術ではなく、本人の後年のインタビューによれば、かなり危険な状態でした。2015年のClassic Rock/Louderのインタビューで脚の問題の際、血栓ができ、治療のため4日間昏睡状態にされたと話しています。さらに血液を薄くする治療によって、「死ぬところだった」という趣旨の説明をしています。妻ジェニー(Jenni)から、脚を切断しなければ命を失うと告げられ、切断を受けることになった、と本人が回想しています。さらに、がんも経験していました。レスリー(Leslie)は膀胱がんも経験しています。Guardianによれば、2000年代初頭に膀胱がんを克服したとされています。つまり晩年には、「糖尿病」「糖尿病合併症」「右脚切断」「膀胱がんの既往」「車椅子生活」など、かなり大きな健康上の問題を抱えていました。それでも音楽活動は続けていました。ここがレスリー・ウェストの晩年の特徴です。2011年に脚を切断した後も、Unusual Suspects(2011)を発表。Slash、Joe Bonamassa、Billy Gibbonsなどが参加しています。その後、Still Climbing(2013)、Soundcheck(2015)も発表しています。車椅子になってからもライブ活動を継続していました。2020年にも本来ならツアーの予定があり、プロモーターのジム・レンツ(Jim Lenz)によれば、レスリーとの2020年5月の公演が予定されていたものの、2021年に延期する方向で調整していたそうです。2015年のインタビューでは、本人は身体的な問題についてかなり率直に話していましたが、「今はとても幸せだ」という趣旨の発言もしています。つまり、長期的な健康問題はあったが、2020年12月に突然心停止を起こして急激に悪化したという見方が資料には一番合うと思われます。「長期療養の末に亡くなった」というタイプとは少し違います。そして、マイケルはレスリー・ウェストを尊敬していました。1984年の Guitar Player 誌のインタビューで、マイケルは自分に影響を与えたギタリストとしてレスリー・ウェスト(Leslie Weinstein)の名前を出しています。さらに2011年の「3 Guitar Heroes Tour」の発表では、マイケル自身が、「16歳の頃、レスリー・ウェストはお気に入りのギタリストの一人だった」と語っています。そしてさらに重要なのが、「レスリーは、私がコピーした最後のギタリストだった」とまで言っています。17歳以降は完全に自分自身の道を進んだ、と続けています。また、共演もありました。2005年末、MSGとレスリー・ウェストのツアーが計画され、2006年1月にはニューヨークの B.B. King’s で行われました。また「Heavy Hitters」(2005年)のアルバム・セッションでマイケルがボブ・キューリック(Bob Kulick)のプロジェクトに参加した際、レスリー・ウェストも参加しています。そして、2011年「3 Guitar Heroes Tour」Michael Schenker、Uli Jon Roth、Leslie Westの3人によるツアーでそれぞれが演奏した後、最後に3人全員でジャム・セッションを行う構成でした。そしてマイケルとレスリーは、実際にステージ上で共演しています。訃報が入ったとき、マイケルの公式サイト Michael Schenker Himself に、2020年12月23日付で追悼文が掲載されています。冒頭は、「あなたは私のヒーローでした。」「あなたのリードギター演奏は、この世のものとは思えないほど素晴らしかった」「私はあなたの弟です。」とまで書いています。最後には、「私はいつまでもあなたを愛しています。」と結んでいます。
【出典】
・ウェブサイトGuitar Player — Michael Schenker’s May 1984 interview
https://www.guitarplayer.com/guitarists/michael-schenker-guitar-player-may-1984?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトGuitar World — Leslie West, Uli Jon Roth and Michael Schenker Unite for 3 Guitar Heroes Tour
https://www.guitarworld.com/news/leslie-west-uli-jon-roth-and-michael-schenker-unite-3-guitar-heroes-tour?utm_source=chatgpt.com
https://blabbermouth.net/news/michael-schenker-uli-jon-roth-and-leslie-west-to-join-forces-for-3-guitar-heroes-tour?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトConcert Archives — Michael Schenker Group 2011 Concert History
https://www.concertarchives.org/bands/michael-schenker-group–3?year=2011&utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトMichael Schenker Himself — Michael Schenker
https://michaelschenkerhimself.com/band/michael-schenker/?utm_source=chatgpt.com
https://en.wikipedia.org/wiki/Heavy_Hitters?utm_source=chatgpt.com
https://ultimatemetal.com/threads/michael-schenker-and-heavy-hitters.198524/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトR.B. Araki — Michael Schenker Tour Information and News
https://rbaraki.com/notice2005l-e.htm?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトMichael Schenker Himself — Leslie West
https://michaelschenkerhimself.com/news/leslie-west/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBlabbermouth — MICHAEL SCHENKER Pays Tribute To LESLIE WEST
https://blabbermouth.net/news/michael-schenker-pays-tribute-to-leslie-west-thank-you-for-what-you-have-done-for-me?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトThe Guardian — Leslie West obituary
https://www.theguardian.com/music/2020/dec/27/leslie-west-obituary?utm_source=chatgpt.com
https://www.washingtonpost.com/local/obituaries/leslie-west-dead/2020/12/24/1af8b5f0-4609-11eb-a277-49a6d1f9dff1_story.html?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイト1984 Guitar Player
https://www.guitarplayer.com/guitarists/michael-schenker-guitar-player-may-1984?utm_source=chatgpt.com
・2005『Heavy Hitters』公式クレジット
https://michaelschenkerhimself.com/band/michael-schenker/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイト2005~06 R.B. Araki
https://rbaraki.com/notice2005l-e.htm?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイト2011 Guitar World / Blabbermouth
https://www.guitarworld.com/news/leslie-west-uli-jon-roth-and-michael-schenker-unite-3-guitar-heroes-tour?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイト2020 Michael Schenker Himself
https://michaelschenkerhimself.com/news/leslie-west/?utm_source=chatgpt.com
■バーニー・マースデン(Bernie Marsden)
バーニー・マースデン(Bernie Marsden)は2023年8月24日夜、妻フラン(Fran)と娘シャーロット(Charlotte)、オリヴィア(Olivia)に見守られながら、安らかに亡くなったと2023年8月25日、バーニー・マースデン(Bernie Marsden)本人のFacebookページで、家族による訃報が発表されました。アメリカのクラシック・ロック専門の音楽ニュース/情報サイト「ベスト・クラシック・バンズ」(Best Classic Bands)は“His death, at age 72, was announced on Aug. 25 on his Facebook page.”(72歳での彼の死は、8月25日に彼のFacebookページで発表された。)と明記しています。ここで2023年8月25日に家族が訃報を発表した発表媒体については、報道機関によって「Facebook」「Instagram」と記載が異なっています。そして、デイヴィッド・カヴァデール(David Coverdale)は訃報に対してコメントしています。しかも、2023年8月25日、バーニーの訃報が伝えられた当日にX(旧Twitter)へ追悼コメントを投稿しています。カヴァデール(Coverdale)は次のように書いています。“Good Morning…I’ve just woken up to the awful news that my old friend & former Snake Bernie Marsden has passed. My sincere thoughts & prayers to his beloved family, friends & fans. A genuinely funny, gifted man, whom I was honored to know & share a stage with. RIP, Bernie XXX”(おはよう。今、目を覚まして、旧友であり、元スネイクの仲間だったバーニー・マースデンが亡くなったという、あまりにも悲しい知らせを知った。彼の愛する家族、友人、そしてファンに、心からの思いと祈りを捧げます。本当にユーモアがあり、才能にあふれた人でした。彼と知り合い、一緒にステージに立てたことを光栄に思います。安らかに、バーニー。XXX)死因は公表されていません。亡くなる前の健康状態は2022年8月、バーニー(Bernie)本人が動画メッセージで健康状態について説明しています。彼によれば、2022年6月に手術を受けたそうで、その後はいったん回復していたものの、急性脱水になり、再び入院したそうです。約1週間病院にいたと話しています。本人は当時、“It’s been difficult, it’s a slow job”(大変でした。回復には時間がかかっています)という趣旨で、体力・スタミナを取り戻すのに時間がかかっていると説明していました。そして、「日に日に強くなっている」と回復を報告していました。しかし、ここでも手術の具体的な病名・疾患名は、この本人の発表では明らかにされていなません。2023年6月には、イギリス・スコットランドで開催されているロック/ヘヴィメタル系の音楽フェスティバル、ウィンターストーム(WinterStorm)が、「病気からの回復が期待していたより長引いている」と発表しています。そのため、2023年11月に予定されていたウィンターストーム(WinterStorm)出演をキャンセルしています。一方で、バーニー・マースデン(Bernie Marsden)は完全に活動を停止していたわけではありません。公式発表では、”Bernie never lost his passion for music, writing and recording new songs until the end.”(バーニーは最後まで音楽への情熱を失うことなく、新しい曲を書き、レコーディングを続けていました。)とされています。また、イギリスのロック/ヘヴィメタル専門の音楽ウェブメディア「Louder」の2024年の追悼記事では、晩年もバーニー・マースデン(Bernie Marsden)のソロ・アルバム3作品「Kings」(2021)「Chess」(2021)「Trios」(2022)と、複数のアルバムを制作していたことが紹介されています。さらに興味深いのは、Guitarist誌の編集長ジェイミー・ディクソン(Jamie Dickson)が、亡くなる数日前までバーニー(Bernie)と話をしていたと証言していることです。Guitar Worldの記事によると、ディクソン(Dickson)は、“The sad news of Bernie’s death was a real shock as we’d only been speaking a couple of days before.”( バーニーが亡くなったという悲しい知らせには、本当にショックを受けました。というのも、私たちはそのわずか数日前まで話をしていたからです。)と述べています。したがって、かなり体調が悪かったものの、亡くなる直前まで本人は音楽活動や人との交流を続けていたことが分かります。マイケル・シェンカーとの関係はこのサイトの「HISTRY」の「遭遇1973」でも取り挙げていますがバーニー・マースデン(Bernie Marsden)はUFOでマイケルの「前任ギタリスト」でした。1972年、バーニー・マースデン(Bernie Marsden)はUFOに加入しています。しかし1973年、ドイツでのツアー時にバーニー・マースデン(Bernie Marsden)が参加できない事態が発生し、そこにいたScorpionsの若いギタリスト、マイケル・シェンカーが代役としてUFOのステージに立ちました。その後、UFOはマイケルを正式に迎えます。イギリスの大手新聞・ニュースメディアの「Guardian」は、Marsden … was replaced by the German guitarist Michael Schenker.(マースデンの後任として、ドイツ人ギタリストのマイケル・シェンカーが加入した。)と説明しています。マイケル自身も後年のインタビューで、1973年にUFOの代役として2公演演奏したことを語っています。また、バーニー・マースデンの1981年のソロアルバム、『Look at Me Now』には、マイケルが参加しています。ただし、ここは誤解しやすいところです。マイケルはギターを弾いたわけではなく、「手拍子」で参加しています。資料では、Michael Schenker (doing claps, not playing guitar!!)(マイケル・シェンカーはギター演奏ではなく、手拍子で参加している)と明記されています。さらに、バーニー・マースデン(Bernie Marsden)は後年、自分がUFOを離れた後、マイケルをUFOに入れることになったことについて語っています。イギリスの音楽ジャーナリスト/ライターのジョン・タッカー(John Tucker)のインタビューでは、バーニー(Bernie)自身が、ScorpionsがUFOの前座をしていたときに若いマイケルを見て、“you should get this guy in the band”(この男をバンドに入れたほうがいいよ。)という趣旨で話したと証言しています。バーニー(Bernie)自身がマイケルの加入を後押しした側面もあったということです。マイケル・シェンカーによる追悼コメントは主要な公開報道・追悼記事では確認できていません。
【出典】
・Bernie Marsden 公式サイト
https://berniemarsden.com/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトBest Classic Bands「Longtime Whitesnake Guitarist, Bernie Marsden, Dies
https://bestclassicbands.com/bernie-marsden-tributes-whitesnake-obituary-8-25-23/?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトThe Guardian「Bernie Marsden obituary」
https://www.theguardian.com/music/2023/aug/28/bernie-marsden-obituary?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトPlanet Rock「Bernie Marsden posts video message revealing health setbacks」
https://www.hellorayo.co.uk/planet-rock/news/rock-news/bernie-marsden-health-setbacks?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトWinterStorm「Bernie Marsden Unable to Play in 2023」
https://winterstorm.co.uk/bernie-marsden-unable-to-play-in-2023?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトLouder / Classic Rock「Bernie Marsden: May 7, 1951 – August 24, 2023」
https://www.loudersound.com/features/bernie-marsden-tribute?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトGuitar World「Whitesnake guitarist Bernie Marsden has died」
https://www.guitarworld.com/news/bernie-marsden-obituary?utm_source=chatgpt.com
・ウェブサイトJohn Tucker Online「Look at Me Now – Bernie Marsden」
https://www.johntuckeronline.co.uk/bernie-marsden-on-forty-years-of-making-music.html?utm_source=chatgpt.com